東京時代お世話になった絵の師匠が京都へいらしたので、アトリエに寄ってもらい、ここ数年の油彩画を見てもらいました。

絵を並べ、しばらく沈黙が続く。。。
この沈黙、何を言われるのか、絵がまずいのか‥‥もしやいいのか!昔から何とも耐え難い時間です。
でも、歳を重ねた分、いつのまにか度胸も座り、今回は何でも仰ってください!の心境で味わえました。と言いつつ、やっぱりヒヤヒヤそわそわだったかな。
そして、最初に言われたのが、アトリエの片隅に立て掛けていた覚え描きのスケッチ画を見て、「これ上手いね」って言われ、えっ?どれっ?ってそっちを見たら、1999年って描いているからかれこれ25年前に描いた『からすうり』の絵でした。


似たような2枚ですか、ちょっとだけ違います。
これは、朝から晩まで勤めに追われていた頃、郷里の姉に頼んで、からすうりを山から採ってきてもらい、わざわざ唐津から東京へ送ってもらいました。
描く時間はほぼ夜中しかなかったけど、それでも漂う懐かしさが込み上げ助けられて、覚え描きとして一気に描き留めました。
そんな心境で描いた絵に最初目が止まられた師匠‥‥
長く絵を描いていると、昔の絵を久しぶりに見ると、なんだか懐かしい友に再会したような気持ちになります。
まぁそれはそれで、35年後の現在もずっと描き続けていることも、思えば不思議ですが、人が生き続けている限り鍛えていれば感性感覚は消え失うことはないので、根っこに絵心がうごめく限り死ぬまで描いていくのだろうなぁと、そんなことを今思っています。
あと、絵は見る師匠によっても講評の表現も違うし、切り込み方も違うなぁと再確認しました。しかし、大きな方向性はそう違いません。
今思いついたのか、お料理をつくるレシピ、特に調味料の内容や配合なんかは、どんなに有名な料理人さんたちでも、それぞれ違いがあります。
それぞれ真似してみると、それぞれ美味しかった。そして次は、自分の感性に合うかということ。つまり直感的な好みみたいなもの。
絵も同様です。描ける力はやっぱり根底にある前提で、その先は自分探し、自分耕しです。
冒頭の「師匠の長い沈黙」のあとの問いかけは、「この先、どうしようと思っている?」でした。
気づいているようでまだ漠然としている絵の道への思いを、言葉として絞り出す。
ここをこうして、どこはどうしなさいという指導は、師匠からはまずもらえません。
描いている本人に気づかせしゃべらせる、そして本人自身が腑に落として、先に歩く灯とする、って、そんな感じでした。奥深すぎますが、ここが肝心です。
数年ぶりに見てもらいましたが、私の中のアクが少し溶けて気分が楽になりました。
気楽に描いていこう🎨